1年に1回しか開けない父の金庫

地方にもよると思うけれど、鏡開きは普通1月11日に行われる。我が家でも例外ではなく、その日になると鏡餅を下げて有難くいただくことにしている。うちの鏡餅はサトウの切り餅なので、プラスチック型のもちをひっくり返してセロハンをベリベリと、まさに「開いて」いる。この餅を食べると、「あぁ、正月が終わったんだなあ」と毎年実感することになるのである。

k_032同じように、1年に1回の儀式が別にある。それは多分他の家では行われない、我が家だけでの儀式だ。この儀式を終えると、「あぁ、また1年間父の人質にされるのだな」と思う。その儀式とは、ズバリ父の金庫を開けることである。父の金庫、と言っても父のものは入っておらず、中にしまうのは私と姉の預金通帳だ。そう、毎年1月7日(もしくは土日に重なればその前後)、正月の親戚巡りが全て終わったら私たちのお年玉は全て父が預金し、その通帳を金庫にしまうのである。我が家では頂いたお年玉は全て預金するのがルールとなっている。いくら新しい服が欲しくとも、いくら友達との旅行のお金が足りずとも、一度その金庫に入れてしまえば最後、翌年の1月7日までは決して開けることはできない。私と姉は残高が増え続けるのを見て嬉しいと思いつつも、自由にならない自分たちの通帳を父が金庫にしまうのをただただ見ていることしかできないのが悔しくてたまらない。

私達の預金通帳、一体いつになったら自由に使えるのかと、一度だけ姉が父に聞いたことがある。すると父は、「お前らが結婚するときに渡す」と答えた。「じゃあもし結婚できなかったら?」と姉が聞くと、「俺の年金になる」との答えが返ってきたので、姉も姉の隣で聞いていた私も拳がわなわなと震えてしまった。結婚できなかったら父が使うというのは冗談ではなく、この強欲ジジイならばあり得ることである。

「絶対に、結婚しようね」と、私と姉は強く誓いあったのだった。